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1567年 「休松の戦い」 日本・戦国時代史

『休松の戦い』
場所:筑前国休松城周辺(現:福岡県甘木市)

年月日:1567年(永禄10年)9月3日

結果:緒戦『大友軍』の勝利も、『秋月軍』が『大友軍』を敗退させる。

交戦勢力:
『大友軍』[戸次鑑連][吉弘鑑理]

『秋月軍』[秋月種実][坂田諸正]

戦力:20,000 対 12,000



《九州筑前国》は戦国時代と呼ばれる時代では、

『大友氏』が大きな力を持っていました。

一方で、『秋月氏』は、中国漢王朝の末裔と称しており、《九州》の名族の一つでした。

その当主であった、[秋月種実]は、父[秋月文種]は、

『大友氏』に抵抗して無念の自害を遂げていました。


この戦いに発展した理由は、『高橋氏』『秋月氏』の謀反から始まりました。

[秋月種実]は、[高橋鑑種]らと結託し、彼らの謀反の同調して反乱を起こしました。

この事態に『大友軍』は『秋月軍』に対して進軍を進め、

《邑城》をまず落とし、《休松城》まで攻め入ってきます。

ここで『秋月軍』は窮地に陥る事になりますが、

《中国地方》から『毛利軍』が《九州》に進出してくると急報を受けます。

これに動揺した『大友氏』の傘下の国衆たちが、

適当に理由を作って自領にひきあげてしまったので、

[大友宗麟]は全軍を引き払って撤退しようとします。


しかしながら、その9月3日、撤退を開始した『大友軍』に対し、

父の復讐に燃える[秋月種実]は、全兵力で『戸次軍』を急襲。

猛攻を加えたものの、陣がしっかりと固められており、反撃によって撤収する事になりました。


ですが翌4日に、どうしても決着をつけたい[秋月種実]は夜襲を決行。

『大友軍』にとって、これは予期せぬ攻撃であり、

大混乱に陥って、多くの武将が討たれることになりました。


この時、[戸次鑑連]が奮戦して、《休松》から撤退する事は成功するものの、

損害は相当なものであったと言います。


しかしながら《九州》における『大友氏』の勢力はまだ依然として大きなものであり、

その覇権は[大友宗麟]にある状態が続きます。
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(物理、数学、史学)

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私自身も本気で見ているドラマや映画ばかりなので、
熱くて長いレビューになったりしています。

現在は、海外ドラマは『24-TWENTY FOUR-』『PRISON BREAK』
アニメは『プリキュア』などのレビューになっています。

昼間は、お仕事と、
大学時代から引き続き物理、数学の研究。
また、歴史(中国・三国時代史他)の研究。

夜は、アイドルマスターのプロデューサー、もしくはドリームクラブです。

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