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三国志 Three Kingdoms 第43話「司馬懿、出仕す」

#043 (2)

「兵力では、丞相は83万で孫劉の同盟軍は6万ほど。
本来なら丞相の前に敵は屈するはずでした。
だが、絶体絶命の敵は、共闘を組んで必死に対抗。
なぜなら天下の諸侯の大半は、丞相を漢の賊と見ているからです。
一方、[劉備]は匹夫とはいえ、皇叔であるため、漢の末裔。
漢室は衰えども滅びず、その影響力は今も健在です。」

―[司馬懿 仲達]

第四部「荊州争奪」第四十ニ集

時代背景:208年(建安13年)



[曹操]は『赤壁の戦い』に敗北。

命からがらな[曹操]は、何としても本陣のある《南郡》へと逃れようとします。


しかしながら、そんな[曹操]を取り逃した[関羽]に[諸葛亮]が、

軍令に反したとして処刑を言い出すものの、

[劉備]は義兄弟と共に死ぬと誓っているため、そんなことはできないと、

自らが自決をしようとまでしてしまうのです。


そんな中、《江東》からやってきていた、[魯粛]は、

[関羽]は義理を重んじただけで許してやって欲しいというと、

[諸葛亮]は、すんなりと[関羽]を許すのでした。


これは実は[諸葛亮]の芝居の一つ。

ですが、[魯粛]もこれに乗って、見過ごすのです。

[魯粛]は、[劉備]と[孫権]の間の関係の穏健派であり、

同盟を保つためにわざと芝居に乗るのでした。


しかし[周瑜]はそれに納得する事ができず、変わらず[劉備][諸葛亮]を、

ほうっておくことが出来ない、そのように言うのです。

[魯粛]は、今後三十年は、[劉備]らと同盟を結ぶべきと、

[孫権]に言い、彼を納得させるのでした。


#043 (1)

一方、[曹操]はようやく《南郡》に辿り着き、敗戦の傷も覚めないまま。

この『赤壁の戦い』の敗因はすべて自分にありと、

[曹操]は、命からがら戻ってきて泣き崩れている[許?]に、笑えと言い、

三万の兵を与えると、敗戦の将軍達の士気を再び挙げるのです。


[曹操]は、この敗北の責任を問いただすのではなく、

奢っていた自分を謝罪。負けを味わう時がくるべくして来たと、

最終的には自分達が勝てると、そう説いていくのです。


しかし、家臣達がじっと聴きこんでいる中、一人、眠り込んでいるという、

失礼な態度を取っている者が一人。

[曹操]はその人物に目をつけ、つまみ出すのでして投獄してしまうのですが、

後にわざわざ牢までやってきて、対面するのです。


待っていたとばかりのその男。

わざと[曹操]を自分の元に来させるために、彼は失礼な態度を取っていたといい、

今度は自分が語り出します。

『赤壁の戦い』の敗因を、[曹操]自身が降伏してきた勢力ばかりで、

反感を買っていたからと言うのです。

そして、天下が三分しており、これから、[曹操]が進むべき道を説くのです。

具体的に、富国強兵の策を唱えるのでした。


これに聞き入った[曹操]。彼は男の意見に感服し、

その男の正体を、[司馬懿]、字を仲達と見抜くのです。

実は[司馬懿]は仮病ばかり使って、[曹操]には仕えていなかったのですが、

三顧の礼よろしく何度も彼を配下に迎えたかったようですが、

ここで、彼の方からやってくることになるのでした。


このエピソードの注目点
“[司馬懿]の登場”



『三国志』では[諸葛亮]のライバル格であり、

言わば敵役ではあるのですが、彼を上回るほどの才覚の持ち主。

彼よりも先に[諸葛亮]の寿命がきてしまった、ということもありますが、

最終的には『三国時代』に決着を付けるきっかけを作りました。

しかしその才知ゆえに[曹操]には警戒心を抱かせ、

長い間、表舞台にたつことはなく、実際に[司馬懿]の名が知られる事になるのは、

[曹操]の孫[曹叡]の時代、大将軍[曹休]が失敗してからのもの。

しかし[司馬懿]は懐刀をずっと忍ばせており、

『魏』の国を守るために必要になるのは、自分自身であると気づくようになるのです。


注目の人物

#043 (3)

[司馬懿 仲達]
吹替:佐々木勝彦

179年(光和2年)~251年(嘉平3年)



『三国志』としての登場は、相当に早いと言われている[司馬懿]ですが、

いかにせん、今作のドラマでは主役格の一人なので。

また、実際に[曹操]に仕えたのもこの頃と言われています。

ただ、一度も[諸葛亮]のような軍師になったことはなく、

彼はあくまで将軍でありました。ほとんど軍師役だったそうなのですが。


彼が重要視される理由は、[諸葛亮]にとって最大の敵であったということと、

三国を統一する、『晋王朝』の礎を築き、次男[司馬昭]、孫[司馬炎]により、

三国時代に決着がついた、ということにあります。
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(物理、数学、史学)

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熱くて長いレビューになったりしています。

現在は、海外ドラマは『24-TWENTY FOUR-』『PRISON BREAK』
アニメは『プリキュア』などのレビューになっています。

昼間は、お仕事と、
大学時代から引き続き物理、数学の研究。
また、歴史(中国・三国時代史他)の研究。

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