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「毛利元就」 日本・戦国時代史

『戦国無双』
毛利元就_無双
CV:石川英郎
穏やかな智将であり、学者肌な人物と描かれていますが、
戦場でも相当な采配をふるう人物です。
そんなに歳を取っていないようにも見えますが、
ヘタをすると70過ぎどころか、死後の話にも登場してきます。
確認できたのは、『備中・高松城の戦い』まで。
『戦国無双3』から登場。

『戦国大戦』
毛利元就_戦国大戦
若い智将といった印象でも描かれており、
また、老将としての姿もあって、
智将として長く活躍したことが分かります。

『小説 毛利元就』著:山岡荘八

全二巻の小説。
[織田信長]などは登場してこないので、
あまり親しみがない人物が多いかもしれませんが、
しっかりと彼の話を知るには良い歴史小説です。
最大のクライマックスとして描かれるのは、
『厳島の戦い』です。

本名:毛利元就
別名:通称:少輔次郎、幼名:松寿丸
所属:『尼子家』([尼子経久])→『大内家』([大内義隆])→『毛利家』当主
生年:1497年4月16日(明応6年3月14日)
没年:1571年6月14日(元亀2年7月6日)
(享年:75歳)
出生:安芸国(現:広島県安芸高田市)

<血縁関係>
父:[毛利弘元] 母:[福原氏]
兄弟:[毛利興元][北就活][相合元綱][見付元氏][武田氏室]
妻:正室[妙玖] 側室:[乃美大方][三吉氏][中の丸]
子:[毛利隆元][吉川元春][小早川隆景]
[穂井田元清][毛利元秋][出羽元倶][天野元政][末次元康][毛利秀包][二宮就辰]
[夭折]、[五龍局](宍戸隆家室)



戦国時代の智将として知られる人物で、

元々弱小大名であったにもかかわらず、強豪勢力の『大内家』『尼子家』を打ち倒し、

中国地方を平定した人物として有名です。

戦国時代の英雄達とは一世代前の人物ですが、

彼自身と、子供、孫達が、『戦国時代』~『安土桃山時代』に、

大きな活躍をしているので、その人物の影響力も相当なものなのです。


●出生から家督相続
1497年~1523年(誕生~27歳)

《安芸》の国人領主であった、[毛利弘元]と[福原氏]の元に次男として生まれた、

[毛利元就]と名乗る事になる[松寿丸]。

当時、この地方では、『大内氏』が『室町幕府』と勢力争いを起こし、

父[弘元]は隠居。嫡男で[松寿丸]の兄、[毛利興元]が家督を相続します。


1501年に実母が、1506年に、父[毛利弘元]が酒毒によって死去。

家臣[井上元盛]に所領を横領され、城から追い出され、

“乞食若殿”呼ばわりされてしまう始末でした。

養母[杉大方]はそんな[松寿丸]を救い、

兄の許可をもらった[松寿丸]が元服して、[多治比(丹比)元就]を名乗り、

分家を立てるのです。


しかし1516年、兄[毛利興元]が、酒毒が原因で死去します。

そのため、[元就]は酒の場でも、下戸と言って口をつけないほどだったとか。

『毛利家』の家督を継いだのは、[興元]の嫡男[幸松丸]でしたが、

幼少だったため、[元就]は叔父としてそれを補佐します。

武将としての[元就]は、『有田中井手の戦い』で『安芸武田氏』と戦い、

これが『毛利氏』の勢力拡大に影響しています。


ですが、1523年、甥の[幸松丸]もわずか9歳で死去。

あくまで分家として名乗っていた[元就]でしたが、

家臣達の説得で、ようやく『毛利家』の当主となるのでした。


●『毛利氏』勢力拡大
1525年~1550年(29歳~54歳)

この家督争いをきっかけとして、[毛利元就]と名乗るようになった、

[元就]と[尼子経久]は敵対関係となり、

[元就]は、[大内義興]傘下となることを決めるのでした。

そして、勢力拡大や、権力をふるおうとした、[高橋興光]らを討伐し、

一方では、宿敵であった『宍戸氏』との関係回復に努めて、

当時のこの地方豪族と関係を良くして、

《安芸国人》の地位として地位を確保していました。


一方で、袂を分かった『尼子氏』からは攻撃を受けることもありましたが、

[大内義隆]の援軍[陶隆房]の活躍もあり、戦いに勝利をして、

《安芸国》の中心的存在となっていました。


このような周辺大名との政略は、[毛利元就]が30代のころに行われ、

[毛利元就]が、40代にもなるころ、1542年、

[大内義隆]を総大将とした『月山富田城の戦い』が起き、

『尼子氏』との戦いが起こります。

この戦いで『大内軍』は敗走し、[毛利元就]も相当な窮地に陥りましたが、

今まで、大大名の顔色を伺ってきた彼は、『大内氏』『尼子氏』からも離れた、

小領主からの脱却を考えるようになります。


1544年、『竹原小早川氏』の養子に、三男[小早川隆景]を出していました。

[小早川隆景]の姓が異なるのは、養子であるためです。

1545年には、妻と養母を相次いでなくしており、

1546年、[元就]49歳の時、彼は隠居を表明しており、

[毛利隆元]に跡を継がせていますが、実質『毛利家』の当主であり続けました。


1547年には、次男である[元春]を、妻の実家『吉川氏』に送り込み、

それは縁戚関係もありましたが、『小早川家』と『吉川家』の両家の勢力を取り込み、

《安芸》の支配権を手中にする意味もありました。

●『厳島の戦い』
1551年~1558年(55歳~63歳)

1551年、大名[大内義隆]が、家臣である[陶隆房]により暗殺されることが起きます。

[毛利元就]はこれと通じ、地域の支配権を掌握していました。

[陶隆房]と通じていた[元就]でしたが、

逆に『毛利氏』の勢力拡大に聞き感を抱かれる事となり、

両者はやがて対立するようになりました。


この決裂は家臣たちにも迫られるほどとなります。

『尼子氏』もこの頃、[尼子晴久]の粛清などの内紛が起きており、

[陶隆房]は『毛利氏』を攻撃するようにとの密命を受け、

大軍を持って、自分は[陶晴賢]と名を変え、《厳島》に築かれた、

『毛利氏』の城を攻略するべく『厳島の戦い』が起こります。


しかしながら、これは[毛利元就]が計略をし、

大軍のため島での身動きがとれないところを、

[陶晴賢]らは殲滅させられ、彼自身は自刃。

『大内氏』はその影響力を一気に失うのでした。


●『尼子氏』『大内氏』との決戦
1556年~1568年(61歳~73歳)

結局、1557年に、[陶晴賢]によって傀儡の当主とされていた、

[大内義長]は[毛利元就]により討たれ、

『大内氏』は滅亡。元は主であった領主の領地を、

すべて手中に収めるのでした。


1560年、[尼子晴久]が死去。[元就]は《出雲》侵攻を開始します。

[晴久]の後を継いでいた[尼子義久]は、“尼子十旗”という防衛網で迎え撃ちます。

《月山富田城》は兵糧攻めが出来たものの、

[元就]は、当主である[毛利隆元]を不慮の死でなくしています。


[毛利元就]は、かつて敗北した《月山富田城》の戦いでの『大内軍』の失敗を活かし、

大胆な兵糧攻め、城攻めを行い、

更に『尼子軍』への内部崩壊を誘うのでした。

兵糧を失いつつあった『尼子軍』に食料を炊きだして城内の兵士の降伏を誘い、

投降者を続出させるのでした。

[尼子義久]は降伏を余儀なくされ、

結局[毛利元就]は一代にして、中国地方の覇者にのし上がったのです。


『出雲尼子氏』を滅ぼした[元就]でしたが、

[山中幸盛]が[尼子勝久]を擁して、[織田信長]の支援を受けて、

《山陰》から侵入して『毛利氏』に抵抗しました。

更に《九州・豊後》の[大友宗麟]も攻めてきています。

[吉川元春][小早川隆景]の息子たちの働きで、『大友氏』とは和睦。

反面、《博多》の地を領土から失うのでした。


●その最期
1567年~1571年(72歳~75歳)

数多くの敵対勢力を打ち破り、『毛利氏』の最盛期と、

その名を天下に知らしめた[毛利元就]でしたが、

1560年代から度々体調を崩していました。

医者を呼び、一時体調を取り戻したものの、やはり歳には勝てず、

《吉岡郡山城》にて、[毛利元就]は死去するのでした。

享年は75歳。


○人物像

知略の立つ人物であったという話が多い[毛利元就]ですが、

氏族の内部で、意図的に内乱を起こさせるということや、

歳を取るに連れて、家名の保身に走るようになったなど、

冷酷なところもあったとも言われています。

しかし、ただ善良に生きていれば、小大名のままであり、

いずれは『大内氏』か『尼子氏』の内紛に巻き込まれて滅ぼされてあっただろう

ということは確かです。


その他、父と兄が酒毒であったために、

下戸と言い張って極端に酒を嫌っており、

これが長生き出来た理由の一つなのだとも。


また、非常に筆まめな人物であり、数多くの手紙が残されています。

小言が相当に書かれたものもあり、

説教臭い、長くてくどいといった評判が聞かれます。
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Author:エックス
ウェブコンサルタント
(文章クリエイター)
研究者
(物理、数学、史学)

基本、日記はレビューが主になっています。
いい加減な感想などを書きたくなくて、
私自身も本気で見ているドラマや映画ばかりなので、
熱くて長いレビューになったりしています。

現在は、海外ドラマは『24-TWENTY FOUR-』『PRISON BREAK』
アニメは『プリキュア』などのレビューになっています。

昼間は、お仕事と、
大学時代から引き続き物理、数学の研究。
また、歴史(中国・三国時代史他)の研究。

夜は、アイドルマスターのプロデューサー、もしくはドリームクラブです。

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